ベリアル――放蕩と悪徳の象徴であり、無価値な者という名称がある筋金入りの魔王である。
実際の話、アスタロトに比肩する権力と軍団を保持し、彼が望みさえすれば権力闘争に
打って出ることも可能であろう。
……もちろん、ベリアルは賢明なのでこの期に及んでの勢力争いなど愚にも付かないことを理解している。

 

「ふーん。ベリアル……じゃなかった、熊本センセー。立派なんですねぇ」
「今は熊本じゃなくてベリアルな。別に立派って訳じゃないさ。ただまあ、今更面倒くせぇなあと」
……久沓空見と、ベリアルが食卓で向かい合って茶を啜りながらそんな風に会話していた。
リリスは呆れたようにそれを見つめている。

 

「でもさー。アンタがトップだったら、もうちょっとこう、風通しがよかったんじゃないの?」
「馬鹿め。風通しを良くする役割など、重たいわ鬱陶しいわ悩むわでいいとこねぇよ」
「面倒くさがり屋だねえ」
「大体なぁ。悪魔同士で戦うのって、どうもこう、スッキリしねーんだよなぁ。
特にアスタロトはその辺が顕著なんだよ」

 

「――と言うと?」
湯飲みを両手で大事そうに持っていた刹那が、ぼそりと尋ねた。
ベリアルは腕組みして、嫌そうに答える。

 

「んー。爽やかに殴り合って殺し合うのが俺の理想なんだけどよ。アイツが戦うってことは、
要するに勝利が確定しているって状況しかないんだよなあ」

 

「……へ?」
「……あー、そうね。そりゃ、貴方とは致命的に相性悪いわ。
アスタロトが戦うとしたら、その時点で結果は確定しているようなものか」
ベリアルは勝率が一割であれ、三割であれ、五割であれ、八割であれ――敗北を覚悟して、
戦いに挑む。が、アスタロトはその真逆だ。勝率が十割か、それに極めて近い確率になるまで、
駒を動かし続ける。

 

「へー。じゃあ、ベリアル先生がアスタロトさんと戦うときは、もう敗北確定なんだ」
「確定じゃねえよ。勝率1%くらいはあるかもしれねぇ」
「――もしも。1%あったなら、戦うのか?」
天道刹那の問い掛けに、ベリアルは笑って答えた。

 

「あったりめえよ」