久沓空見は、天道刹那にチョコレートを贈ることにした。


「まあ、日頃のお礼ってことで!」
爽やかに笑い、ラッピングされたチョコレートを突き出した――が、そこには誰もいない。

 

「……こんな感じなら、自然な方か」
手渡しのシミュレートである。

 

「自然だけど……でも、日頃のお礼を伝えるだけじゃないんだし……」
ぶつぶつと呟きつつ、手鏡で表情を作る……が、どうにもこうにもわざとらしい気がしてならない。

 

「いっそアレか。この髪型だし、『べ、別に貴方の為に作った訳じゃないんだから!』っていうのも有りか……? いや、刹那はダメだ。それを本気にするタイプだ」

 

バレンタインのチョコレート、である。
もっとも、パンドラに日付はない。バレンタインデーなる行事も、当然のように存在しない。だが、そうなると空見はいつチョコレートを贈っていいのかが、分からない。

 

だから、とりあえずこれを渡す日がバレンタインデーということで手を打つことにした。
……別に、何かを期待している訳ではない。

 

「――よし、やるか」
「何をだ?」
ひょっこりと現れた天道刹那に、空見は頬を染めつつも贈り物を突き出した。

 

「チョコレート。甘い」
飛び出した言葉は、実に訳が分からない代物だった。

 

「……ああ、チョコレートは甘いね」
刹那は当たり前の言葉に、真剣に頷いた。
「あ、あげる」
「貰う。ありがとう」
刹那は空見からチョコレートを受け取り、頭を下げた。

 

「あー、えーと、それでその……」
何を言うべきかすっぱり忘却してしまった。感謝とか、好意とか、そういうものをありったけ――できるだけ言葉にして、伝える予定だったのに。

 

「……ちょっと待ってて」
刹那は少ししてから戻ってくると、包装されたマシュマロとクッキーを空見に差し出した。

 

「食べる?」
「……ん。食べる」

 二人はベンチに座ってチョコレートと、マシュマロと、クッキーを一緒に食べることにした。
まあこれはこれでいいか、と空見は思った。